エレクトーンとの出会い


私は、子供の頃にヤマハ音楽教室に通っていました。

2年間の基礎コースを終えた後、ピアノを習うかエレクトーンを習うか選択がありました。

昭和40年当時、エレクトーンはやっと世に出たばかりでした。

その頃は自分でどちらを選ぶか決められるわけもなく、親のいいなりにエレクトーンを習うことになりました。

特にその時期は親の転勤で長崎に住んでいたので、エレクトーン人口はとても少なく、私はエレクトーン教室の一期生でした。

面白いことに、一期生4名は全員男の子でした。

エレクトーンは右手で主にメロディー、左手で主にコード、左足でベース、右足でボリュームを調整します。

全身を使って演奏するわけです。
したがって、練習するには必ずエレクトーンを入手しなければなりませんでした。

決して裕福な家庭ではなかったのですが、祖父の援助のおかげで「B3」という機種を入手することができました。

当時のエレクトーンは、メインアンプに真空管をつかっているという、今から考えると信じられないようなレトロな電子楽器でした。

音色は、右手が4種類、左手が3種類、左足が2種類のみというとてもシンプルなものでした。

それでも、組み合わせによって色々な違った音色を作り出すことができ、ピアノと全く違った鍵盤楽器に夢中になりました。

小学2年生でエレクトーンが弾ける子はまだほとんどいなかったため、デパートの催し物会場でエレクトーンのデモンストレーション
をやったことがあります。

エレクトーン教室の仲間2人と交代で30分ほどのステージをこなしました。
ギャラは、デパートの大食堂に連れて行ってもらい、
好きなメニューを頼んでよいというものでした。

初めて自分の特技で収入らしきものを得た記念すべき経験でした。

その後、中学1年までエレクトーン教室に通いましたが、親の転勤で千葉県に引っ越すことになり、教室をやめました。

それでも、子供の頃に得た音楽の知識により、独学でピアノ、ギター、ドラムスなどいろいろな楽器を楽しむようになりました。

学生の頃訪問したサロマ湖ユースホステルに、エレクトーンが置いてありました。
自由に弾いてよいということだったので、
久しぶりに演奏してみました。
ずいぶん練習していなかったのですが、体はちゃんと覚えていてくれて、そこそこ演奏することができました。

普段あまり女の子にモテた経験がなかったのですが、その時ばかりは女子大生に大受けでした。

エレクトーンを習わせてくれてありがとうと親に感謝した瞬間でした(笑)。

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